AIコラム

「AIに依存すると人間の能力が衰える」「思考力が低下する」「創造性が失われる」——こうした警鐘は、あらゆるメディアで目にしますね。確かに一理ある指摘で、安易にAIに頼りすぎることの危険性は無視できないと思います。
しかし、私の周りでAIを積極的に活用している人たちを観察していると、全く逆の現象が起きているように感じることがあります。彼らのコミュニケーション能力、思考力、表現力は、以前より向上しているように見えるのです。
なぜ同じAIを使っているのに、こうも結果が違うのでしょうか?
私が実際に観察している事例をいくつか紹介しましょう。
ケース1:新卒エンジニアのDさん
入社当初は報告や相談の際に、要点がまとまらず「えーっと、その、なんというか…」と言葉に詰まることが多かったDさん。AIコミュニティに参加して勉強を始めてから、変化が見られるようになりました。最新のAI技術について調べ、「この技術はなぜ注目されているのか」「実用化の課題は何か」をAIと一緒に検証していく過程で、論理的に考える習慣がついたようです。今では自分でAI関連の記事を書いたり、社内勉強会で登壇したりするまでになっています。AI技術の発展をわくわくしながら追いかけて検証することで、自然と思考力が鍛えられていったのかもしれません。
ケース2:マーケティング担当のEさん
以前は企画書を書くとき、いつも「なんとなくいい感じ」という感覚的な表現に頼りがちだったEさん。AIを使って文章の改善を重ねるうちに、「なぜこの表現の方がいいのか」「どこが分かりにくいのか」をAIと対話しながら分析する習慣がついたそうです。結果として、根拠を示しながら説得力のある提案ができるようになったとのことでした。
ケース3:デザイナーのFさん
デザインのコンセプトを言葉で説明するのが苦手だったFさん。画像生成AIを使い始めてから、「なぜこの色を選ぶのか」「このレイアウトの意図は何か」をAIに説明する必要が出てきて、自分のデザイン思考を言語化する機会が増えました。クライアントとの打ち合わせでも、以前より具体的で説得力のある説明ができるようになったように見えます。
これらの事例に共通する要因を分析してみると、いくつかのパターンが見えてくるように思います。
1. メタ認知の強化
AIとやり取りする過程で、「自分は何を求めているのか」「何を伝えたいのか」を言語化する必要があります。この習慣が、自分の思考プロセスを客観視する「メタ認知」能力を鍛えているのかもしれません。
2. 対話の習慣化
AIとのやり取りは、常に「問いかけ→応答→評価→改善」のサイクルですね。この対話的思考が、人間同士のコミュニケーションにも良い影響を与えているのではないでしょうか。
3. アウトプットの量的増加
AIの支援により、短時間で多くのアウトプットを作れるようになります。量が質を生むように、多くの試行錯誤を通じて、本質的な判断力が鍛えられているのかもしれません。
4. 抽象化能力の向上
AIに適切な指示を出すためには、具体的な要求を抽象的なコンセプトに変換する必要があります。この練習が、物事の本質を捉える力を強化しているように感じます。
では、なぜ同じAIを使っても結果が違うのでしょうか?使い方を対比してみましょう。
能力が劣化する使い方:
・AIの出力をそのまま使う
・何も考えずにコピペする
・AIに丸投げして思考を停止する
・結果の検証をしない
・AIとの対話を放棄する
能力が向上する使い方:
・AIの出力を出発点として自分で考える
・なぜその出力になったかを分析する
・AIと対話しながら改善を重ねる
・複数の選択肢から自分で判断する
・AIのアドバイスを批判的に検討する
つまり、AIを「思考の代替」として使うか、「思考の増幅器」として使うかで、結果が180度変わるのです。
私が観察した具体的なプロセスを紹介します。
文章作成の場合:
・まず自分でアウトラインを考える
・AIに初稿を書いてもらう
・「なぜこの構成にしたのか」をAIに質問する
・自分の意図と照らし合わせて修正点を見つける
・改善案をAIと一緒に検討する
・最終的に自分の判断で決定する
・このプロセスを通じて、文章の構造的理解が深まり、自分自身の文章力も向上していきます。
問題解決の場合:
・問題を自分なりに整理する
・AIに多角的な解決案を出してもらう
・それぞれの案のメリット・デメリットを分析する
・自分の状況に最適な案を選択・カスタマイズする
・実行後の結果をAIと一緒に振り返る
・この過程で、問題分析力、判断力、改善力が総合的に鍛えられます。
「AIに依存すると基礎能力が身につかない」
確かに基礎は重要だと思います。ただ、AIを適切に使えば、むしろ基礎の重要性を実感する機会が増えるのではないでしょうか。AIの提案を正しく評価するためには、基礎的な知識や判断力が不可欠だと感じるからです。
「考える力が退化する」
単純作業を丸投げすれば確かにそうかもしれません。しかし、AIとの対話を通じて「より良い問いかけ」「より適切な判断」を繰り返していれば、むしろ考える力は鍛えられるのではないでしょうか。
「人間らしさが失われる」
AIとの協働を通じて、逆に「人間にしかできないこと」が明確になることもあります。価値判断、感情の理解、文脈の解釈、創意工夫、感情の機微——これらの「人間らしさ」をより意識的に発揮するようになるのかもしれません。
観察を続ける中で、AI時代に能力を伸ばしている人たちには、いくつかの共通点があることが分かってきました:
・AIを道具として使いこなしている(道具に使われていない)
・常に「なぜ?」を問いかけている
・AIの限界を理解している
・自分の判断に責任を持っている
・継続的に学び続けている
「AIで人間は劣化する」という危惧は、確かに一面の真実かもしれません。しかし、それは使い方の問題であって、AIそのものの問題ではないのではないでしょうか。
包丁で料理の腕が上がる人もいれば、怪我をする人もいる。車で行動範囲が広がる人もいれば、歩く力が衰える人もいる。AIも同じかもしれませんね。
重要なのは、AIとの関係性を主体的にデザインすることなのかもしれません。AIに使われるのではなく、AIを使いこなす。AIに思考を委ねるのではなく、AIと一緒に思考を深める。
私の周りで能力を向上させている人たちは、無意識のうちにこのバランスを取っているように見えるのです。
もしあなたがAIを使って能力を向上させたいなら、以下の小さな習慣から始めてみてください:
・AIに何かを依頼する前に、まず自分なりの答えを考える
・AIの出力に対して「なぜ?」「本当に?」と問いかける
・AIとの対話を他の人との議論だと思って接する
・AIの提案を鵜呑みにせず、必ず自分で判断する
・定期的にAI抜きで同じ作業をして、自分の成長を確認する
AI時代において、人間の価値は「AIができないことをやる」ことではなく、「AIと協働してより高い価値を生み出す」ことにあるのかもしれません。
その協働の質が、私たちの能力の向上と劣化を分ける分水嶺になるのではないでしょうか。
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著者:林 栄一
(林せんせい)
株式会社SHIFT「ヒンシツ大学」クオリティ エヴァンジェリスト
組織活性化や人材開発において豊富な経験を持つ専門家として、人材と組織開発のリーダーを務め、その後、生成AIを中心にスキルを再構築し、現在新人研修プログラムや生成AI講座開発を担当している。2008年にスクラムマスター資格を取得し、コミュニティーを通じてアジャイルの普及に貢献。勉強会やカンファレンス、最近では生成AI関連のイベントに多数登壇している。チームワークの価値を重んじ、社会にチームでの喜びを広める使命をもつ。