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ヒンシツ大学 林せんせいのAI研!⑥ ~AIとの対話がうまくいかない理由は「コンテクスト不足」かもしれません:ステップバック質問テクニックの紹介~

AIコラム


AIに指示を出しても、なんだか思った通りの答えが返ってこない。「もっと具体的で実用的な提案がほしいのに」「なぜこんなに当たり前のことばかり言うんだろう」——そんな経験はありませんか。

実は、その原因の多くは「コンテクスト不足」にあるのかもしれません。AIは毎回初対面の相手として私たちと向き合っているため、私たちが当然知っているはずだと思っている背景情報を、全く共有していないのです。

 

コンテクストって何?

 

「コンテクスト」という言葉、聞き慣れない方もいらっしゃるかもしれませんね。簡単に言うと「文脈」や「背景情報」のことです。

例えば、友人から「昨日のあれ、どうだった?」とメッセージが来たとします。この「あれ」が何を指しているかは、あなたと友人の間の共通の体験や話題(コンテクスト)があるから分かるのです。映画を一緒に見に行った翌日なら「映画の感想」だし、面接を受けた翌日なら「面接の結果」のことだと理解できますよね。

つまりコンテクストとは、会話や文章を正しく理解するために必要な「周りの事情」や「背景にある情報」のことなのです。

 

AIは毎回「初対面」から始まる

 

人間同士の会話では、お互いの経験や知識、価値観をある程度共有していることが前提になっています。「例の件なんだけど」「いつものやり方で」といった言葉でも、相手は文脈を理解してくれますよね。

でも、AIとの対話は毎回ゼロからのスタートです。私たちがどんな仕事をしているか、どんな課題を抱えているか、何を重視しているか——そういった背景情報を全く持っていない状態で、いきなり指示を受け取ることになります。

例えば、友人に「おすすめのレストラン教えて」と聞くときを想像してみてください。友人なら「あの人は和食好きで、予算はこのくらいで、いつもこんな場所に行ってるから…」と、あなたの好みを知った上でアドバイスしてくれます。でも、初めて会った人に同じ質問をしたら、とても一般的な答えしか返ってこないでしょう。AIも同じような状況にあるのです。

 

コンテクストを豊かにする3つの戦略

 

この問題を解決するには、AIに必要な背景情報を提供する「コンテクスト拡張戦略」が有効です。主に3つのアプローチがあります。

1. 自分の知識や経験を引き出してもらう

AIに「あなたの状況について教えてください」と質問してもらうように指示する方法です。「マーケティング戦略を考えて」ではなく、「まず私の業界や商品について質問してから、マーケティング戦略を提案してください」と言うのです。AIが必要な情報を聞き出してくれるので、より具体的で実用的な提案を得られるようになります。

2. 背景にある構造を分析してもらう

単発の質問ではなく、全体像を理解してもらう方法です。例えば、システム改善の相談なら「まず現在の業務フローを整理して、関係者の役割を明確にしてから改善案を考えましょう」といった具合に、ステップを踏んで背景を分析してもらいます。一段階抽象化して全体の構造を把握してもらうことで、より的確なアドバイスが期待できます。

3. 関連情報を価値観に沿って選別してもらう

AIが持っている豊富な知識の中から、あなたの価値観や目的に合った情報だけを選んでもらう方法です。「コスト重視で考えてください」「社員の働きやすさを最優先に検討してください」といった価値観を明示することで、膨大な選択肢の中から、あなたにとって本当に有用な情報だけを提示してもらえます。

 

「ステップバック質問」のすすめ

 

特に効果的なのが「ステップバック質問」という手法です。本題に入る前に、関連する基礎知識や理論について質問してもらうことで、AIの理解を深めてから本格的な相談に入る方法です。

例えば、新商品のマーケティング戦略を相談したい場合:

従来のやり方

「新商品のマーケティング戦略を立案してください」 → 一般的で抽象的な答え:「SNS広告を実施しましょう」「インフルエンサーを起用しましょう」

ステップバック質問を使った場合

まず「現代のマーケティング戦略の基本的なフレームワークを説明してください」「デジタルマーケティングの最新トレンドを教えてください」と質問して、AIに関連知識を整理してもらいます。

その後で同じ「新商品のマーケティング戦略を立案してください」と指示すると: → 具体的で戦略的な答え:「ターゲット層分析に基づくSNSプラットフォーム選定」「マイクロインフルエンサーを活用したUGC施策」「カスタマージャーニーに沿ったキャンペーン設計」

同じ質問でも、事前にコンテクストを構築することで、回答の質が劇的に向上します。

 

なぜコンテクストが重要なのか

 

AIは確率に基づいて次の言葉を選んでいます。強い文脈があると、次に来る言葉の確実性が高くなるのです。

身近な例で言うと、「吾輩は」と入力すると、AIは高い確率で「猫である」と続けます。これは夏目漱石の有名な小説『吾輩は猫である』のフレーズが、AIの学習データに数多く含まれているからです。「吾輩は」という言葉自体が、すでに強力なコンテクストを持っているのです。

料理のレシピでも同じことが起こります。「美味しい料理を作って」だけでは、AIは無数の可能性の中から選ばなければなりません。でも「イタリアンで、パスタで、トマトベースで、30分以内で作れて、2人分」という文脈があれば、候補はぐっと絞られて、より具体的で実用的なレシピを提案できるようになります。

同じように、あなたの状況、目的、価値観、制約条件などのコンテクストを豊かにすることで、AIはより的確で実用的な答えを生成できるようになるのです。

 

明日から試せる実践方法

 

コンテクストを意識したAIとの対話は、今日からでも始められます:

・質問する前に「まず私の状況について聞いてから答えてください」と付け加える

  • ・本題に入る前に関連する基礎概念について説明してもらう
  • ・自分の価値観や優先順位を明確に伝える
  • ・具体的な制約条件(予算、期限、人数など)を共有する
  • ・求める回答のレベルや形式を指定する

AIとの対話も、人間同士の会話と同じように、お互いの理解を深めていくプロセスなのかもしれませんね。最初は少し手間に感じるかもしれませんが、丁寧にコンテクストを作っていくことで、AIがあなたにとってより頼りになるパートナーになってくれるはずです。

「毎回初対面」だからこそ、毎回新鮮な気持ちで、丁寧に背景を説明してあげる。そんなふうに考えると、AIとの対話がもっと楽しく、もっと実りあるものになるのではないでしょうか。


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著者:林 栄一
   (林せんせい)

株式会社SHIFT「ヒンシツ大学」クオリティ エヴァンジェリスト

組織活性化や人材開発において豊富な経験を持つ専門家として、人材と組織開発のリーダーを務め、その後、生成AIを中心にスキルを再構築し、現在新人研修プログラムや生成AI講座開発を担当している。2008年にスクラムマスター資格を取得し、コミュニティーを通じてアジャイルの普及に貢献。勉強会やカンファレンス、最近では生成AI関連のイベントに多数登壇している。チームワークの価値を重んじ、社会にチームでの喜びを広める使命をもつ。